耳研究グループ
「難聴の克復」を通じた社会貢献を目指して
本耳科研究班は、神崎仁名誉教授、小川郁名誉教授が率い、発展させてきた国内屈指の耳科専門家集団です。多種多様な才能が集まり、関連病院を含めた臨床、研究の広がりは、大きな輪を形成しています。新たに、大石直樹准教授を中心として、以下のような活動を行っていきます。それらの活動の最大の目標は、「難聴の克復」を通じた社会貢献であり、感覚器医療を推進し、機能外科を追求し、患者さんが治ることに大きな喜びを感じられる大きな志を持った中堅若手の皆さんが集う最高の場を形成していきたいと思います。
1.最高レベルの中耳・側頭骨手術の展開と次世代術者の育成
国内耳科診療の最高峰として、聴神経腫瘍や外耳道癌、様々な側頭骨腫瘍に対する外科手術を行います。真珠腫性中耳炎や慢性中耳炎に対する鼓室形成術は最高レベルの手術を追求し、解剖に基づく安全な手術、なるべくシンプルで10年後の予後を見据えた手術を行います。中下鼓室に限局した非炎症性の伝音難聴を中心に内視鏡下耳科手術も行います。バランス感覚のある国内を牽引する次世代のオールラウンダー中耳術者を育成していきます。
聴神経腫瘍に関しては、国内耳鼻咽喉科の中でほぼ唯一の専門施設として、術前・術中の神経耳科学的検査を駆使する世界最高レベルの周術期モニタリングチームを形成しました。手術では顕微鏡・内視鏡の両者を用い、小・中型の聴神経腫瘍に対する機能温存手術に取り組んでいます。さらには、術前高度難聴例に対する人工内耳同時挿入手術への取り組み、摘出腫瘍検体への遺伝子検査の推進によるゲノム医療の展開など、聴神経腫瘍患者の聴力予後改善にむけてチーム一丸となって研究を推進させます。
小・中型の聴神経腫瘍に対する機能温存手術
2.感音難聴治療におけるエビデンスの構築
〈多施設共同研究体制の推進と臨床検査体制の拡充〉
未だ病態が明らかでなく、長年新規治療が開発されない急性感音難聴診療ですが、多数の症例数を集積することで、病態に迫り、予後を改善させる間接的エビデンスを少しずつでも積み重ねていきます。KAORU-Eプロジェクトと名を打ち、多くの有力な関連病院間での共同研究体制を整えました。初めの1年でもすでに複数の成果が有力誌に掲載されました。今後も共同研究を推進させていきます。
多施設共同 臨床・研究の推進
また慶応病院内では、蝸電図や事象関連電位の測定、方向感検査や雑音下の聞き取り検査など、最先端の聴覚検査を施行できる体制を整え、様々な難聴の病態生理の解明に努めていきます。
蝸電図の導入による
感音難聴の鑑別診断
事象関連電位測定の導入による
聴覚情報処理障害の評価
さらには、慢性感音難聴に対する補聴器診療は、当研究班が以前より得意としてきた分野であり、人工聴覚器診療を発展させるために強力な補聴器診療体制は大きな武器となります。補聴器調整の最適化プログラムの開発、遠隔診療システムの構築などの研究も行い、産学共同研究や行政とも連携した社会貢献を行っていきます。
3.難聴の克復に向けた基礎研究
小型霊長類コモンマーモセットの
胎児における蝸牛感覚上皮
小川郁名誉教授の時代から、齧歯類を中心に難聴の動物モデル研究を行っており、音響外傷や遺伝子改変動物の難聴・耳鳴の解析を中心に、多数の英文誌報告を続けています。世界をリードする研究に加えて、国内外の基礎研究室との共同研究を推進し、海外留学などの人材交換を経て、日本の耳科研究をリードする学際的で国際性豊かな耳科医を多数輩出してきました。耳科診療でしばしば直面する「感音難聴は、治したくても治らない(治せない)」というジレンマを少しでも克服すべく、「臨床医が行う基礎研究」という視点と「臨床医ならではの感性・直感」を大事にして、「臨床的課題の基礎的解決」を目指しています。
基礎研究を通して研究対象である内耳を深く理解することが、日常診療のスキル向上にもつながると考えて、指導しています。若手の皆さんの積極的な挑戦をお待ちしています。
4.難聴患者のアンメットメディカルニーズを満たす人工聴覚器診療
耳科・聴覚診療において、最先端の手術や投薬加療を行なっても難聴が残存してしまう病態が存在します。その様な病態はアンメットメディカルニーズと呼ばれますが、人工聴覚器を適切に用いることで患者さんのニーズを満たすように取り組んでいます。人工聴覚器とは、いわゆる補聴器と呼ばれる気導補聴器を始めとし、骨導補聴器、軟骨伝導補聴器、人工中耳、人工内耳を指します。近年の技術革新の結果、骨導補聴器はインプラント等を用いることで装用感や装用効果の向上を認めており、軟骨伝導補聴器は日本発の革新的人工聴覚器として通常の補聴器が装用困難な患者さんの福音となっています。一方、これらの人工聴覚器は適応となる病態が重複しています。そこで、当科では試聴可能な機器を積極的に試聴してもらうことで、医師から一方的に治療選択肢を提示することなく、実際に患者さんが音質や装用感を体感した上で、検査結果に基づいた治療選択を行える機会を提供しています。
そして新しい人工聴覚器と現代の科学技術を融合することで、新たな治療法を提供することにも積極的に取り組んでいます。以下の治療法は小耳症という病気に対して、3D画像編集技術を応用した極めて高精細な義耳の中に軟骨伝導補聴器を格納することで、手術などを行わず非侵襲的に審美面と聴覚を改善させる治療法 (APiCHA) です。本治療法は世界で初めて当院で開始したものであり、患者さんの声に基づいて継続的に改良を行なっています。
また、人工内耳や植込型骨導補聴器などの人工聴覚器自体の進歩により、近年ではより小型で低侵襲な機器が開発されています。そのような最新鋭の機器を取り扱うためにはより高度な手術手技が求められるため、当科では解剖学教室の協力の下、人工聴覚器手術セミナーを開催し、他大学の術者と共に手術手技の研鑽に努め、より安全で確実な手術手技の習得・考案に励んでいます。