喉頭研究グループ
耳鼻咽喉科頭頸部外科は、非常に多岐に渡る病変を扱う診療科ですが、その中でも喉頭領域は発声・嚥下・呼吸といった人間が生きていくうえで不可欠な機能に関連します。当科の喉頭専門グループは、甲能武幸講師・富里周太助教を中心として、以下のような研究活動を行っております。
喉頭腫瘍の治療後音声に関する検討
喉頭腫瘍の病態は多岐に渡りますが、外科的治療が治療の第一選択となることも多いです。その際、病変の確実な制御を目的とした広範囲に及ぶ徹底的な処置は、組織の損傷に伴う不必要な音声機能の悪化につながることもあり、機能面に配慮した慎重な治療を心掛ける必要があります。近年、レーザー技術や手術器具の進歩などにより、より微細な術操作が可能となってきました。
喉頭グループでは、早期声門癌や再発性呼吸器乳頭腫、声帯白板症に対して、音声機能の多面的評価として、術前後の聴覚心理的評価、喉頭ストロボスコピー所見、空気力学的検査、音響分析、自覚的音声QOL質問票による評価を経時的に行っております。その膨大なデータを活用し、良好な病変制御を得られつつ音声機能を極力保つような声帯の層構造を意識した手術手技の探索を行っており、その成果はこれまで様々な海外雑誌において論文発表をしております。
- Kono T, Saito K, Yabe H, Uno K, Ogawa K. ‘Comparative multidimensional assessment of laryngeal function and quality of life after radiotherapy and laser surgery for early glottic cancer.’ Head Neck. 2016 Jul;38(7):1085-90.
- Kono T, Saito K, Yabe H, Ogawa K. ‘Phonosurgical resection using submucosal infusion technique for precancerous laryngeal leukoplakia.’ Laryngoscope. 2017 Jan;127(1):153-158.
- Kono T, Yabe H, Uno K, Saito K, Ogawa K. ‘Multidimensional vocal assessment after laser treatment for recurrent respiratory papillomatosis.’ Laryngoscope. 2017 Mar;127(3):679-684
吃音症
吃音とはいわゆる「どもり」のことであり、成人において0.7~1%と高い有病率の疾患です。コミュニケーションの障害から著しいQOLの低下を来たしますが、その疾患メカニズムは解明されておらず、有効な治療法は確立されておりません。その一因として、「吃音」を主訴とする患者の中に早口言語症(クラタリング)という早い発話速度を特徴とする疾患が混在し、研究対象が複雑化していることが挙げられます。吃音とクラタリングは共に発話非流暢性障害でありますが、症候としても言語学的にも異なる特徴を持つため、両者を確実に鑑別した上で病態を解明する必要があります。本研究では、本邦で未確立の日本語話者における流暢性評価バッテリー(Fluency Assessment Battery)を作成し、クラタリング診断法の確立を目指します。将来的には日本語話者に適した発話非流暢性障害の病態把握および客観的治療効果判定などへの活用が期待されます。
3Dプリンターを用いた喉頭の3次元的モデルの作成とその臨床応用
喉頭は嚥下や発声を担い、三次元的に複雑な構造を持つ器官です。声・嚥下機能改善手術に際し、機能に直結する手技は術者の経験に基づき術中に感覚的に行われているのが現状で、術後に十分な機能改善に至らないケースあります。我々は、近年医療への応用が着目されている3Dプリンターを用いて、患者のCT画像を元に個別の喉頭及び気管の模型を製作し、患者の軟部組織や軟骨から構成される喉頭の三次元的構造を把握することで、音声・嚥下機能改善手術や気管切開術の術前シミュレーションに繋げることを目指しております。2種類の硬度の素材を用いたりシリコーンの造形を併用することで、軟部組織と軟骨からできる喉頭のより再現性の高い模型の作成を試みています。さらに、外傷や腫瘍治療後欠損した喉頭・気管の軟骨組織を三次元的に補填するための、オーダーメイド医療器具への応用についても探っていくことも目指しています。
プラスチック製喉頭軟骨模型
シリコーン製喉頭組織模型内腔
実際の喉頭内腔
ヒトパピローマウイルス関連頭頸部腫瘍におけるDNA損傷修復系因子とAPOBEC因子の発現解析
ヒトパピローマウイルス(HPV)は200種類近くの異なる遺伝子型が知られており、頭頸部領域では一部の中咽頭癌が主に高リスクタイプであるHPV16型によって引き起こされ、再発性呼吸器乳頭腫は低リスクタイプのHPV6型や11型によって生じます。
高リスクタイプHPV に関しては、子宮頸部の粘膜上皮細胞において、ウイルスがどのように潜伏感染を成立させ、ゲノムを複製・増殖させて腫瘍化に至るかという‘生活環(Life Cycle)’の解明がこれまでの基礎研究で進められてきました。Laiminsらは、HPV が宿主のDNA 損傷修復系因子を巧みに利用し、ウイルスゲノムを維持・複製・増殖させて腫瘍化に至るメカニズムを解明しました。具体的には、DNA1 本鎖の損傷や複製フォークの停止で活性化するATR 経路や、DNA2 本鎖架橋で活性化するFA 経路の因子は、HR-HPV 感染細胞における初期のウイルス複製・維持に、DNA2 本鎖損傷により活性化するATM 経路の因子は後期のウイルス増幅に活用されることを報告しています(Moody C, Laimins L, 2009)。しかし、同様の事象が頭頸部粘膜上皮にも生じうるかということや、低リスクタイプHPV でも生じうるかという基礎研究は、国内外ともに大きな発展を遂げていず、ウイルスが増幅して腫瘍化するメカニズムは未だにブラックボックスです。また、近年ではDNA損傷と関連が深く、ヒトの内因性免疫に関与するAPOBEC3という因子が様々な癌種における発癌に関与しているという報告が出ております。本研究では、ヒトパピローマウイルス関連頭頸部腫瘍におけるDNA損傷修復系因子とAPOBEC因子の発現解析を行い、腫瘍の臨床的特徴との相関を探ります。そして、これらが病変の治療抵抗性や予後の予測因子となりうるか、また新たな治療薬の標的となりうるか検討しております。